第30回
弁護士 山田万里子
弁護士である私にとって、目の前の初対面の相談者、そして、事件受任に至った依頼者との信頼関係をどう構築していくかは、調停委員の場合と共通する重要な課題である。中に、弁護士は、依頼者の「利益」を代弁する立場だから、依頼者の言い分に沿った活動をするという意味で、信頼関係の構築は容易ではないかと思う人がおられるかもしれない。しかし、そこで言う「利益」とは、単なる経済的利益でもなく、相手をぎゃふんと言わせる取りあえずの満足でもない。紛争解決の過程や結果が、その人にとって今後の人生を前向きで生きていくための力になることにある。つまり、弁護士は単なる本人の代弁者ではないのである。
となると、時に、本人が現時点で固執している要求や要求実現の方策が、必ずしも本人の真の利益にそぐわないことから、修正を助言せねばならない場合がある。これが純粋な経済事案であれば、合理的説明を尽くせば、本人の納得を得ることができるだろう。しかし、特に、家事事件においては、人生において最も基盤となる家庭における人間関係の葛藤が背景にあり、その苦悩の中からの要求である場合がほとんどだから、いくら合理的に考えて妥当な助言をしたとしても、本人の納得を得ることは容易ではない。
「そんなこと、私だってよく分かってます。でも・・・・・」は、そんな時、よく本人が発する言葉である。
これからの人生を生きていくのは、その人自身なのだから、本人の納得(できれば受動的な納得でなく、主体的・能動的な納得であってほしい)無しに、真の利益の実現はない。
人間関係の葛藤の中で、非常に感情的になっており、事実経過を客観的に見ることができず、頭の中で整理されずに様々な事実が錯綜しているのが当事者である。
従って、まずすべきことは、共感的に傾聴することである。そのためには、温かい優しさが備わっていなければならない。そこから、信頼関係が醸成されることになる。その上で、専門家として、争点整理、証拠の評価、相手方の出方や法的な見通し等についての冷静な分析と判断が必要となる。
弁護士に、そして調停委員にも求められるものは、「温かい共感と冷静な判断」である。言いかえれば、我々は、「気は優しくて力持ち」にならなくてはならないのである。少しでも近づくことができるよう、日々、努力したいものである。
(名古屋家庭裁判所家事調停委員として、日本調停協会連合会の機関紙「調停時報」2015年12月号に掲載したものである。)